そぞろ歩きしたくなる、草加宿のあれこれ
「日本の道百選」にも選ばれている草加宿。かの松尾芭蕉も、そこに続く松並木を歩いた一人だ。
芭蕉が訪れた当時の草加宿の規模は、戸数120軒ほど。そのうちわけは、旅籠屋(旅館)が5~6軒、他の店舗は豆腐屋や塩・油屋、湯屋(銭湯)、髪結床(床屋)、団子屋、餅屋が一軒ずつ軒を並べるといった具合だったらしい。残りはすべて農家だったそうで、小規模な宿場町だったことがうかがえる。
ただ、綾瀬川を通じた江戸との舟運の集散地になった頃から、様相が一変。多くの人に利用されるようになり、人口も戸数も増加していったらしい。
天保14(1843)年当時の調査によると、その総戸数は723戸で、人口は3,619人。南北12町(1.3キロメートル)にわたって家屋が軒を接し、本陣・脇本陣各1軒、旅籠屋は67軒になっていたといわれている。聞くところによれば、日光街道の中では千住・越ヶ谷・幸手に次ぐ規模だったとも(城下町を除く)。

そんな当時の雰囲気を、今に伝えてくれるのが「札場河岸公園(甚左衛門堰)」だろう。
場所は、草加松原遊歩道の南端あたり。かつての「河岸」の面影を今に再現していることで知られ、草加の名所の一つでもある。園内には、かつて賑わった「舟運の河岸場」が復元されているほか、五角形の望楼や休憩所も。望楼内部の「ら旋階段」を昇ってゆけば展望台に到着でき、綾瀬川などの素晴らしい景色を見渡すことも可能だ(9:00~17:00)。
さらに、19:00~22:00まではライトアップもされている。川面に映し出された望楼、ちょっと幻想的で被写体になることも少なくないそうだ。
そのほか、草加に関わる文芸や、歴史を伝える像や碑が設置されているのも興味深い。代表的なのが、奥の細道にちなんだ松尾芭蕉像。
そのほか、草加を読み込んだ正岡子規の句碑や日本の道百選顕彰碑などもあり、園内東側には草加の治水や利水の象徴である甚左衛門堰も設置されている。また、園内には桜やツツジ、モミジ、松が植栽されており、春は花見の季節は大変賑わう。
札場河岸公園から続く「草加松原遊歩道」もおすすめだ。こちらは、旧日光街道(現県道・足立越谷線)の神明ニ丁目から旭町一丁目南端までの松並木。距離にして1.5キロメートルにも及ぶ。
植樹されている松は、633本(平成18年3月末現在)。遊歩道内には石畳が敷かれ、遠目にも大変美しい歩道となっている。横の県道を跨ぐかたちで、「百代橋」や「矢立橋」などの歩道橋も架けられており、歩行者保護も万全だ。
さらに、そんな街道沿いには、蔵造りの商家や市指定文化財である「東福寺」、明治3年創業の「源兵衛せんべい」なども点在。散策しながら、江戸時代の面影を今に感じることもできる。なお、草加の歴史については「市立歴史民俗資料館」で詳しく知ることができるので、立ち寄ってみると良いだろう。
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