古代から脈々と続く鴻巣市の豊かな歴史

江戸時代には中仙道六十九次の宿場町として栄えた鴻巣エリア。宿場町の伝統を今に伝える「雛人形」の産地として広く知られているが、この街が古代からの非常に長い歴史を有していることは意外と知られていないかも知れない。
まず、鴻巣の地名の由来自体が古代史と深く関わっている。一説によれば、日本書紀にも登場する「笠原直使主(かさはらのあたいのおみ)」という人物が、西暦534年に朝廷より武蔵国の長である国造を任命され、この地に武蔵国の国府を置いた。そのことから「国府(「こう」と読まれる場合がある)の州」が「こうのす」に変わっていったとされている。

●さきたま古墳公園
「笠原直使主」がこの地に国府を置いた後、現在の鴻巣周辺は大いに栄えたようだ。お隣の行田市にある「埼玉古墳群」は、9基の大型古墳を中心に円墳35基・方墳1基が集中している場所であるが、一説には笠原氏が眠る古墳ではないかとされている。
「埼玉古墳群」は国の史跡に指定され、現在周辺は「さきたま古墳公園」として緑豊かに整備されている。ちなみにこの「埼玉古墳群」だが、後の埼玉県の名称の由来となったともされている。

●さきたま古墳公園
園内にある「さきたま史跡の博物館」では、古墳から出土した品々が展示されており、中には国宝・金錯銘鉄剣も展示されている。古代からのこのエリアの歴史を知るのに格好なスポットとなっている。
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