川越歴史散策
川越といえば蔵の街。市内には城下町・小江戸の名残りが随所に見られ、歴史的・文化的施設が各所に点在している。こちらでは、新たな観光地として脚光を集める川越の歴史を感じられるスポットを紹介することにしよう。
川越に蔵造りの街並みが残っているのは、1893(明治26)年に起きた大火を契機に築かれたと言われている。あたり一辺が燃えつくされたことから、耐火建築の町屋形式が発達したのだ。一番街の通り沿いに立ち並ぶ蔵造りの町並みは江戸の名残りを伝えており、地元民や学者、建築関係者などの間で保存の機運が高まり、現在は次代に伝える貴重な文化財として、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
川越のランドマークといえばやはり「時の鐘」ではないだろうか。江戸時代初期、酒井忠勝が川越城主だったころ(1627~1634)の建設されたと言われ、それから400年近くの間、城下町に時を知らせてきたという歴史ある鐘である。現在も午前6時、正午、午後3時、午後6時の1日4回、鐘が鳴り響き、市民に時を知らせている。
この時代の蔵について知りたかったら、「蔵造り資料館」に行くといいだろう。川越の蔵造り家屋の意匠や構造、敷地内の様子を実見できる博物館だ。
「菓子屋横丁」は明治の初めにこの地に住んでいた鈴木藤左衛門が駄菓子を製造したのが始まりだと言われている。江戸時代には養寿院の門前町として栄えたこの地域には、菓子を扱う業者や職人の数も次第に増えていった。そして大正12年の関東大震災によって、神田・浅草・錦糸町などの菓子製造業が営業不能となったために、この地域の菓子製造が盛んになっていったという。現在では多くの店が軒を連ね、ノスタルジックな雰囲気をかもし出している。飴菓子、ソフトクリーム、芋まんじゅう、麩菓子など、昔ながらの味と風情を感じながら食べ歩きが出来るというのも人気の秘密だ。
「川越城」は、1457(長禄元)年に、関東管領の扇谷上杉持朝が古河公方に対抗するため、家臣の大田道真、道灌親子に築城を命じたものである。明治維新後は解体され、現在は住宅地や公園になっているが、本丸御殿の玄関と大広間は現在でも保存されている。
「喜多院」は平安時代の創建と言われている。境内には、538体の石像「五百羅漢」が保存されているほか、多くの文化財や史跡が残っている。また、正月3日にはダルマ市が盛大に開催されていることでも知られ、連日多くの参拝客でにぎわいを見せている。
歴史の風情が色濃く残る川越エリアの見どころを簡単に見てきたが、まだまだ見るべきスポットは数え切れないほどある。休日の楽しみも広がりそうだ。
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