緑と歴史に彩られた街・東松山市
東京都心部から50km圏に位置する東松山市。東武東上線で池袋とダイレクトに結ばれた立地のため、現在多くのエリアでニュータウンが整備されている。ニュータウンゾーンの計画都市らしい整然とした街並みの中には、緑が豊かに残されており、良好な住環境が形成されている。
また過去には武蔵松山藩の城下町として栄えた東松山駅周辺や、江戸と群馬を結ぶ「川越街道」と八王子と日光を結ぶ「日光脇往還」がクロスした「高坂宿」として繁栄した高坂駅周辺には歴史的スポットが充実しており、現在でも往時の名残を感じられる。
ここでは、そんな東松山市の歴史とニュータウンとして発展した現在についてご紹介しよう。

この地方の中心地のひとつとして繁栄した「高坂宿」。現在の高坂駅東口周辺に位置しており、旧道沿いを中心に江戸の往時を偲ばせるスポットが点在している。
その代表的なスポットである「正法寺」は、坂東三十三箇所の十番札所として多くの人々が参詣したといわれるお寺で、一般には「岩殿観音」として知られている。1871年に建立されたと言われる観音堂を中心に、鐘楼・六面幢など、江戸から明治にかけて建立された建物が残されており、その歴史の深さを身近に感じられる。
岩殿観音の名の由来になった「千手観音」は室町時代の作といわれている。観音堂を囲むように切り立った岩肌には石仏の数々が彫られており、独特の雰囲気をかもし出している。

東松山地区の鎮守として崇敬を集めた「箭弓(やきゅう)稲荷神社」も、東松山市の歴史の深さを感じられるスポットだ。創建は奈良時代とされ、彫刻を多用した権現造の社殿は江戸後期に建立されたもので、埼玉県の文化財に指定されている。
境内にある牡丹園には約1,300株ものボタンが植えられており、毎年4月ごろには一斉に花を開き、優雅な雰囲気に包まれる。
最近では社名の「やきゅう」にちなみ「野球」の神様として注目されている。地元の野球少年から埼玉西武ライオンズの選手まで、多くの参詣者を集めている。神社では木製のバット形やホームベース形の特製絵馬やお守りを頒布しており、野球ファンにはたまらないスポットとして広く知られるようになった。
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